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2015年05月の記事

知的好奇心

2015年5月7日

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文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ 第132号

 

『知的好奇心』

学校長 荒木 孝洋

 

 文徳の4月は慌ただしい。入学式(4月9日)、新入生研修(4月13日〜4月15日)、体育大会(4月29日)と、新入生は息をつく暇もない。連休が開け、やっと落ち着いた文徳での新学期がスタートしたようだ。

 

 ところで、「小人閑居して不善を為す」という言葉がある。つまらない人間はあまり暇だと、ろくな事はしないという意味である。言い得て妙、古人の洞察力には驚かされる。若い人たちにはピンとこないかもしれないが、そもそも、人生に於ける最大の敵は「退屈」である。人生とは「退屈」との戦いと言えなくもない。従って、生きること自体に「退屈」を感じ始めたら事態は深刻である。

 

 『種の起源』を著したイギリスの博物学者ダーウィンは、青年期に動物学の研究員として軍艦ビーグル号に乗り組み、1831年からの5年間にわたる南米及び太平洋の調査航海に出た。その間の事情を書にしたのが『ビーグル号航海記』である。その中で、リオデジャネイロでの彼自身の体験について「この地方の豊穣な風土では、生物は到る所に充満していて、目を引くものに限りがなく、ほとんど歩くこともできない」と記している。つまり、ダーウィンは未知なる新大陸において、前に進むのも躊躇するほど興味深く感じられる事物に囲まれていたことになる。しかし、「その時」「その場所」には他にも多くの人がいたはずである。にもかかわらず、その瞬間を「至福のとき」と捉えることのできる人が存在する一方で、「退屈さ」以外に何も感じることができない人もいただろう。その落差はまさに「知的好奇心」の有無に由来する。少なくともダーウィンの辞書には「退屈」の二文字はなかったであろう。

 

 歴史を振り返ると、新しい発明や発見した人、時代の変革をリードしてきた人たちは皆、志が高く好奇心旺盛な人ばかりだ。考えが「前向き」で行動が「ひたむき」である。電球を発明したエジソンは幼少の頃から好奇心旺盛で、算数の授業中には「1+1=2」と教えられても鵜呑みにすることができず、「1個の粘土と1個の粘土を合わせたら、大きな1個の粘土なのになぜ2個なの?」と質問したり、英語の授業中にも、「A(エー)はどうしてP(ピー)と呼ばないの?」と質問するといった具合で、授業中には事あるごとに「Why?(なぜ?)」を連発して、先生を困らせていたという。また、明治維新の指導者としてよく知られている吉田松陰は、西洋の先進文明に心を打たれ、盗んだ小舟で外国船に乗り込み渡航を試みたり、政府の理不尽な条約締結に反対し、弟子が止めるのもかまわず討幕を企てるなど波瀾万丈の人生を歩んでいる。いずれも失敗し、罪を問われ投獄されたが、開国という高い志と固い決意があったから、獄中生活も勉学の好機として驚くほど多くの本を読んだり、原稿を書くなど猛勉強している。萩にある松下村塾は松陰が主宰した小さな私塾であったが、身分の分け隔てなく塾生を受け入れ、明治維新を担った高杉晋作や伊藤博文などの多くの人材を世に送り出した。

 

 いつの時代も、人は、汚れることを嫌い、格好悪い姿を世間に晒すことをいやがるものだが、世間はそれほど一人の人間を注視などしていない。しかし、頑張っている若者への眼差しは結構温かく、泥だらけになっても努力を続けている姿を美しいと賞賛し心から応援してくれるものだ。迷い・悩むときは『佇み・考える時間』も必要だが、時間をバネにして飛び立たなくては前に進めない。成長期の若者には、是非ともいろいろなものに興味関心を持ってチャレンジしていただきたい。自ら決断し、まず一歩を踏み出していただきたい。遠慮や尻込みは禁物だ。まして、「食べもせずに」「聴きもせずに」「読みもせずに」そして「登りもせずに」、その食材や音楽、書物、山の悪口を言ったり批判することは慎まなければならない。最悪なのは食わず嫌いである。時代や価値観がどんなに変わっても常にチャレンジャーであって欲しい。キーワードは『知的好奇心」である。